🕊️なぜ、伴走なのか
🕊️なぜ、伴走なのか
園長という役割は
答えを求められる立場です
けれど本当は
迷いながら、揺れながら
それでも判断を重ねていく
存在でもあります
私自身も
孤独の中で決断を
続けてきました
正しさを選んだはずなのに
誰かが傷ついてしまうこともあった
強くあろうとするほど
弱音を吐けなくなっていった
だから思ったのです
園長にこそ
答えを渡す人ではなく
“隣に立つ人”が必要だと
それが
“伴走”というかたちに辿り着いた理由です
保育は、人と人でつくられています
循環が滞ると
誰かが耐える園になります
私は
保育という営みを壊したくない
園長が孤独にならないことが
結果として
園を守ることにつながる
そう信じて
🌱TSUMUGUを続けています
“伴走”とは
答えを渡すことではなく
園長が自分の判断を
信じられるようになるまで
隣にいること
だから私は
園長先生の“今”に、静かに伴走します