園長として働いていた頃、
「誰かに聞いてほしい」
と思うことがありました。
答えを出してほしいわけでは
ありませんでした。
職員のこと。
子どもたちのこと。
保護者との関わり。
法人とのやりとり。
日々いろいろなことが起こる中で、
自分が感じていることをことばにし、
一度立ち止まって考えられる時間が
ほしかったのだと思います。
けれど、園のことや法人のことを含めて、
どこまで話してよいのだろうと
思うこともありました。
安心してことばを置き、
自分の考えを整理できる場所があったら。
必要なときには、
「あなたなら、どう考えますか」
と聞ける人がいたら。
今振り返ると、それが、
園長だった私がほしかった場所でした。
園長を離れ、
何度も、あの頃の自分を思い出しました。
自分の経験を生かして、
これから自分に何ができるのか。
考えていく中で、少しずつ見えてきたことがあります。
方法や答えを一方的に与えることではない。
問いを重ねながら、
本人の中から答えが出てくるのを
ただ待つだけでもない。
まず、ことばを聴く。
必要なときには、問いを置く。
そして、ときには、
保育士・園長として経験してきたことや、
そこから考えたことを、
一つの材料として差し出す。
そのうえで、
「先生は、どう思いますか」
と、もう一度その人に返していく。
最後に考え、選ぶのは、その人自身です。
そんな関わりを考えていたとき、
浮かんだことばが「伴走」でした。
一つの方法に、当てはめない
教えることが必要なときもあります。
問いによって、
自分の考えが見えてくることもあります。
誰かの経験を聞くことで、
別の見方に気づくこともあります。
そして、ただ話を聴いてほしい日もあります。
だから私は、
一つの方法だけに当てはめるのではなく、
今、この人に必要なのは、どんな関わりだろう
と考えながら、対話を重ねます。
聴くことも。
問うことも。
経験を差し出すことも。
どれか一つが「伴走」なのではありません。
相手のための時間であることを忘れず、
そのとき必要な関わりを選ぶこと。
それを、私は大切にしています。
ずっと隣にいることではないと思っています。
「私はこう思う」
「私はこうしたい」
と、自分のことばで考える。
周囲の人のことばにも耳を傾け、
対話しながら、
自分たちで次の一歩を選んでいく。
一人で何でもできるようになることを
目指しているのではありません。
人との関係の中で、
自分たちのことばで歩いていけること。
そして、
人と人を結びなおし、
自分たちの力で歩き始めたら、
その先の歩みを、静かに見送ります。
それが、
🌱TSUMUGUの「伴走」です。